飛鳥を包む歴史風土を感じるcourse1

長い年月をかけて積み重ねられてきた、飛鳥の歴史的風土を感じる王道コースです。

〈A〉MICHIMOステーション

〈B〉高松塚古墳

墳丘は直径23メートル、高さ5メートル程度の二段築成の円墳であり、1972年3月21日に極彩色の壁画が発見され一大センセーションを巻き起こしました。古墳は国の特別史跡に、壁画は国宝に指定され、壁画は側壁面に男女の人物群像・四神・日・月、天井部に星宿がそれぞれ描かれています。

〈C〉亀石

穏やかに微笑んだような表情をした、飛鳥を代表する謎の石造物。制作理由は不明ですが、境界線を示すという説、居住域と墓域の境界とする説、碑の台石の未完成品とする説などがあります。南西を向いている亀が西を向いたとき、大和国一帯が泥の海に沈むという中世の伝説も残されています。

〈D〉橘寺

かの有名な聖徳太子が生まれた「橘の宮」があった場所とされ、太子自ら建立した七ヶ寺の一つ。「四天王寺式」の壮大な伽藍配置を誇り、火災の記録から680年には建立されていたことが分かっています。現在の伽藍は江戸時代のもの。また、二つの顔が彫られた二面石があり、善と悪を表していると言われています。

〈E〉石舞台古墳

石舞台古墳は、一辺約50メートルの大方墳で、飛鳥の代名詞とも言える存在。飛鳥寺を建立したことでも有名な蘇我馬子の墓ではないかと言われています。名前の由来は、女性に化けた狐がこの上で踊った、旅芸人が舞台にしたなど、諸説あります。

〈F〉飛鳥資料館

奈良文化財研究所が運営する資料館。7世紀、日本の政治・文化の中心だった飛鳥の遺跡たちの発掘成果をわかりやすく展示しています。また、明日香村に今も点在するミステリアスな石造物群(レプリカ)を、ここだけで網羅することもできます。

〈G〉甘樫丘

甘樫丘は、現在は国営飛鳥歴史公園甘樫丘地区として整備されており、展望広場からは遠く金剛山系から大和三山、藤原京、飛鳥京など大和国原の美しい風景を望むことができます。時の権力者、蘇我入鹿の邸宅があった場所と言われ、現在も発掘調査が行われています。