時代を変えた事件を見に行くcourse2

飛鳥時代の権力者、蘇我氏が暗殺された「大化の改新」。その世紀の大事件が起きるまで辿りましょう。

〈A〉MICHIMOステーション

〈B〉石舞台古墳

石舞台古墳は、一辺約50メートルの大方墳で、飛鳥の代名詞とも言える存在。飛鳥寺を建立したことでも有名な蘇我馬子の墓ではないかと言われています。名前の由来は、女性に化けた狐がこの上で踊った、旅芸人が舞台にしたなど、諸説あります。

〈C〉伝飛鳥板蓋宮跡

飛鳥板蓋宮とは、皇極天皇=斉明天皇の皇居。当時の宮の基本が茅葺・桧皮葺であったのに対して、板蓋であったため、この名がついたと思われます。ここ、飛鳥板蓋宮は「大化の改新」の幕開けとなる、蘇我入鹿の暗殺の舞台となりました。

〈D〉飛鳥寺

6世紀末から7世紀初めに蘇我馬子の発願で建てられた日本最古の本格的仏教寺院。伽藍配置は日本国内には他に例のない「飛鳥寺式」ですが、創建時の伽藍は失われ、塔や金堂の礎石だけが残されています。本尊は釈迦如来坐像で、「飛鳥大仏」の通称で親しまれています。

〈E〉入鹿の首塚

飛鳥寺の境内の西側に立つ五輪塔。大化の改新のとき、飛鳥板蓋宮で中大兄皇子らに暗殺された蘇我入鹿の首がここまで飛んできたとか、首だけになって襲ってきた入鹿を供養するために、この場所に埋めたなどの伝説が残されています。

〈F〉槻の木の広場

槻の木とは、けやきの木の古名。飛鳥寺の西側、槻の木が生えていた広場で、大化の改新を起こした中大兄皇子と中臣鎌足が初めて出会ったと日本書紀に記されており、この場所が有力視されています。大化の改新は、ここから始まったのかもしれません。

〈G〉甘樫丘

甘樫丘は、現在は国営飛鳥歴史公園甘樫丘地区として整備されており、展望広場からは遠く金剛山系から大和三山、藤原京、飛鳥京など大和国原の美しい風景を望むことができます。時の権力者、蘇我入鹿の邸宅があった場所と言われ、現在も発掘調査が行われています。